大判例

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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)80号 判決 1968年12月13日

控訴人 西岡利一

右訴訟代理人弁護士 本家重忠

被控訴人 阪奈家具センターこと 村野忠春

右訴訟代理人弁護士 尾崎亀太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。大阪地方裁判所昭和四一年(手ワ)第七一号約束手形事件判決(被控訴人は控訴人に対し金五〇万円とこれに対する昭和四一年七月二〇日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。)を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

(控訴人の主張)

一、被控訴人は左記約束手形一通を振出し、控訴人は現にこれを所持している。

(一)額面五〇万円

(一)支払期日昭和四一年七月五日

(一)支払場所株式会社三栄相互銀行本店営業部

(一)振出日昭和四一年二月二三日

(一)支払地、振出地ともに奈良市

(一)受取人、第一裏書人控訴人

控訴人は右手形を支払期日に支払場所に呈示してその支払いを求めたがこれを拒絶された。

よって、控訴人は被控訴人に対し右手形金五〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四一年七月二〇日から支払いずみまで手形法所定年六分の割合による利息金の支払いを求める。

二、被控訴人の抗弁事実を否認する。

控訴人が本件手形を取得した経過は次のとおりである。(一)控訴人は満期日前である昭和四一年三月一〇日寺本鹿一に金五〇万円を融資すると引換えに同人から本件手形の交付を受けた。(二)控訴人は同日寺本に右手形を受取人欄白地のまま取立委任のため交付した。(三)よって、寺本はこれを取立委任のため三郷村農業協同組合にそのまま交付し、同農協はさらにこれを南都銀行に取立委任裏書し、同銀行が支払のための呈示をしたが被控訴人はこれを拒絶した。(四)そこで、本来の手形上権利者である控訴人はその後本件手形を受け戻し、前記農協の取立委任裏書を抹消し、受取人欄に控訴人名を補充した上本訴に及んだものである。そして、控訴人が当初寺本から本件手形を取得したさい、被控訴人主張のような被控訴人、株式会社中央建設の間の事情(本件手形がいわゆる手残り手形である事情)があったことは一切知らなかった。

本訴において、控訴人は当初「控訴人が寺本に金を貸した見返りとして本件手形(農協の取立委任裏書抹消ずみ)を受取ったのは満期後である。」と主張したのは錯誤に基いてしたもので真実に反するから取消す。

(被控訴人の主張)

一、被控訴人が控訴人主張の約束手形(本件手形)を振出したことは認める。但し、受取人欄は白地にしていた。

二、しかし、右手形は元来株式会社中央建設(代表取締役寺本鹿一、以下訴外会社と略称)に振出交付したが次のような事由により被控訴人においてそのまま返還を受けるべきいわゆる手残り手形である。ところが、控訴人はその後次の経過によりこれを敢て取得したものであるから、被控訴人は控訴人に対し右手形金を支払う義務はない。すなわち、本件手形は被控訴人が店舗兼住宅建設の請負代金の一部として前記訴外会社に振出した約束手形(額面四〇万円のもの二通と本件手形と)のうちの一通で、当時被控訴人は手形取引に無智であったため支払銀行と何ら当座取引契約をしていないのに振出してしまった。被控訴人はその後このことで株式会社三栄相互銀行から注意を受け、至急同銀行と当座取引契約を締結し、あらためて前記同様の記載ある約束手形三通を作成し、当初の旧手形と差換えるべく訴外会社に交付したところ、同社の会計主任野村治明はその余の二通の旧手形はその場で返してくれたが本件手形については「社長寺本鹿一宅にあるから明日返還する」と約するにとどまり、ここに本件手形は同会社のいわゆる手残り手形となった。しかるに、その後同社(野村や専務取締役中本透夫妻)は言を左右にして右約束を果さず、寺本も右事情を熟知しながら「この手形は会社に対する貸金の担保として取得した」と称して返還せず、そのまま三郷村農業協同組合に取立委任のためこれを交付し、同農協はこれを南都銀行に取立委任裏書し、よって被控訴人は同銀行から支払呈示を受けたので、被控訴人としてはやむなく詐取の理由で支払拒絶の手続をとった。控訴人は右支払期限後に寺本から本件手形の交付を受け、受取人欄に自己の名を補充し、前記農協の取立委任裏書を抹消した上本訴請求に及んだのである。(控訴人の本件手形取得経過に関する自白の撤回には異議がある。)

三、また、寺本のした控訴人に対する本件手形交付行為は、前記のようないきさつ上自分が直接被控訴人に取立てるのは不利であるところから専ら控訴人をして取立のための訴訟行為を為さしめることを目的としてした信託行為であるから信託法第一一条に照らし無効のものである。それ故控訴人は手形上無権利者であるから被控訴人は同人に手形金支払義務を負わない。このことは控訴人が寺本と事業上旧知の間柄であり住所も近い関係にある点をみても明らかである。

四、控訴人は本件手形の受取人欄に自己の名を補充したが、これは前記の事情を綜合すると補充権の濫用である。

(証拠)≪省略≫

理由

一、被控訴人が本件手形(但し、受取人欄は後日控訴人において白地補充したもの)を振出したことは当事者間に争いがない。

二、そこで、まず被控訴人の信託法違反の抗弁について検討する。

≪証拠省略≫を綜合すると、控訴人の本件手形取得経過は次のとおりであることが認められる。

(一)  本件手形は被控訴人が主張するとおりもと同人が請負代金支払方法として株式会社中央建設(名目上の代表取締役は寺本鹿一、但し、実際上の経営主は専務取締役中本透)に振出した約束手形三通(額面四〇万円のもの二通と本件手形)のうちの一通であるが、当時被控訴人は手形取引に不案内であったため支払委託銀行(株式会社三栄相互銀行本店)と当座取引約定もないのに自分の一存で振出していた関係上その後新たに同銀行とその約定を締結し、昭和四一年三月四日頃あらためて前記同様の記載ある約束手形三通を作成し、当初の旧手形と差換えるべく前記訴外会社に振出交付したところ、同社ではその余の二通の旧手形はその場で返してくれたが、本件手形については当時既に割引のため寺本鹿一に交付していたため翌日返却する旨約するにとどまり、ここに本件手形は同社手残りの手形となった。しかるに、訴外会社は右約束を果しえず、一方寺本も被控訴人や訴外会社の中本専務らの再三の返還請求を受けつけず、そのまま三郷村農業協同組合に本件手形の取立を委託し、同農協はこれを南都銀行に取立委任裏書し、よって被控訴人は同銀行から支払呈示を受けたので、被控訴人としてはやむなく詐取を理由として支払拒絶の手続をとった(昭和四一年七月五日)。(被控訴人は本件手形の差換手形である額面五〇万円の新手形は支払った。)

(二)  しかし、寺本はあくまで被控訴人から本件手形の支払いを得ようと考えたが、同人は名目上とはいえ訴外会社の代表取締役であり、満期日の前日被控訴人から直接返還請求を受けたさい「事情はうすうすは知っている。」というような趣旨のこともいった関係上、自分が直接被控訴人に訴訟を起こしたのでは不利であると判断した。そこで、寺本は旧来の知己である控訴人(運送業者)に形式上手形上の権利者になってもらい、よって専ら同人をして同人の名で本件手形金請求訴訟を追行させる目的で同人に本件手形を交付し受取人欄に同人の名を補充させ、ここに控訴人は昭和四一年七月一三日本訴を提起した。

以上の事実を認めることができる。もっとも、≪証拠省略≫によれば、控訴人はそうではなく既に本件手形の満期日の前である昭和四一年三月一〇日寺本に対し現金五〇万円を融通し、その見返りとして寺本から本件手形を取得したのであり、その後寺本が三郷村農協に取立委任したりしたのは控訴人の委託(前同日)に基いてしたものであるかのようであるけれども、控訴人が出捐したという五〇万円の出所や、いうところの手形授受当時の事情(借用証の作成経過、授受の日時等)があいまいで相互に喰い違いもあり、また五〇万円もの融資をしたという控訴人がその見返りに受取った本件手形をその日すぐにそのまま再び寺本に預けるということも他に特段の事情もない限り極めて不自然なことというほかなく、その他控訴人はこれまで格別被控訴人に直接会って本件手形の支払いを迫ったこともなく、不渡り後も寺本に前記貸金の返済を追求した形跡もなく、かえって当審での控訴人の供述や弁論の全趣旨によれば本件訴訟(原審)においては訴訟書類は常に寺本が保管し、控訴人は同人のいうままに訴訟追行していたことが認められるから(これは寺本が控訴人に対する責任上協力しているのであるとの同人らの供述は措信できない)、結局控訴人の手形取得経過に関する≪証拠省略≫はにわかに信を措くことができず、他に前記認定事実を左右する証拠はない。(従って、控訴人のこの点に関する主張の撤回は許されない。控訴人の原審での昭和四一年一〇月二六日付準備書面に基く撤回後の新主張は、本訴が実は寺本の訴訟信託によるものであることを糊塗するためになされたとの疑いこそあれ、到底真実を述べた主張とは認め難い。)

以上の事実関係を綜合すると、寺本の控訴人に対する本件手形譲渡行為は、前記認定のようないきさつ上寺本自身が直接被控訴人に右手形金を取立てるのは法律上不利益であるところから、控訴人をして同人の名において本件手形金請求訴訟を提起せしめることを主たる目的としてした信託行為というべく、信託法第一一条に違反し無効であると解するのが相当である。従って、控訴人は本件手形上無権利者といわねばならず、よって、被控訴人は同人に対し本件手形金を支払う義務はない。この点に関する被控訴人の抗弁は理由がある。

三、よって、控訴人の本訴請求は爾余の判断をなすまでもなく失当であるからこれを棄却すべく、これと同旨の原判決は相当であるから本件控訴はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 石井末一 判事 竹内貞次 畑郁夫)

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